ももの副業ブログ

シングルマザーが5年連続年商1000万円になった全記録 | 自宅で子どもを育てながらでもお金を稼ぐことはできる

自己紹介

ストレスで病気になって離婚した私が5年連続年商1000万円になるまで

投稿日:14/03/2021 更新日:

初めまして。ももこです。

24歳で結婚して25歳と27歳で出産。

平穏な毎日が続くと思ってスタートした結婚生活は想像を絶する涙の日々で、29歳の夏に離婚しました。

 

今思えば、下の子が生まれる前から夫婦関係は破綻。

モラハラに耐え、夫からは専業主婦は無職だと言われパートに出たら、義母からは女で働かせてもらっていることに感謝しなさいと言われ、自分の人生このままでいいのかとぼんやりと考えていました。

 

下の子が生まれて間もなく、共働きだった家計は私の収入減により火の車。

なるべく早くに復帰を考えるも、2人の子どもを育てながらの復帰のため会社からは時短勤務を提案されました。

時短勤務だと時給換算のため復帰後の給与は月に12万円程度。2人の子どもの保育園費用を払うと手元に残るのは2万~3万円計算。

一番かわいい時期を保育園で過ごしてもらって私は働くのに、1ヶ月に手元に残る収入は3万弱。

 

絶望しました。

 

そこからは自宅で稼ぐ方法はないかとひたすら模索する日々。

 

夫からは「遊んでいる暇があったら早く復帰しろ」、「誰のおかげで生活できて子どもを育てられているんだ」とモラハラ全開な発言を浴びながらも毎日ひたすらに主婦でもできる副業や自宅でできる副業、赤ちゃんがいてもできる在宅ワークなど調べる日々。

 

私が選んだのは、物販でした。

すぐに行動して下の子が生後5か月の頃にネットショップオープン。

全くの手探り状態から独学始めたネットショップ。

開業した初月の月商は2万円。利益にすると6000円ほどでした。

がむしゃらに取り組み初年度年商は7か月で80万円。

2年目には年商1000万を突破。その後右肩上がりに収益を伸ばし続け5年連続年商1000万円を継続しています。

 

このページではなぜ私が自分で稼ぐようになりたいと思ったのか、会社に依存せず自分で稼げるようになってどう変わったか、離婚を経て現在の生活について記載しています。

 

すべて私の経験に基づいて話していきます。

 

 

はじめに

最初に私の簡単な経歴です。

もともと結婚して幸せな家庭を築くのが夢だった

大学卒業後、新卒で就職した会社で出会った人と結婚する

25歳で出産し、ママになる

1年後職場復帰して、「産むなら続けて生んで」と上司に言われる

そんな家族計画への指示に疑問を抱きながらも2歳差を希望していたため27歳で出産。2児の母になる。

この頃から憧れていた家庭とは程遠い生活に不満が募る

幸せになれると信じて結婚した夫は話が通じない。考えなしの行動に落胆する日々が続く。

お互いに理解できない苦しい家庭生活が続く。

繰り返される喧嘩に何度も話し合いを重ね、泣きながら謝られ、わかってくれたような雰囲気になるが実際には何も変わらない

子どものことを考えると離婚なんて絶対にダメだと小さい頃どこかで聞いた固定観念から抜け出せずにいる

夫の給与と、育児休暇中の私の収入では徐々に生活が厳しくなる

早めの復帰を考えるも時短勤務を提案される

時短社員で復帰しても2人の子どもの保育料を差し引くと2万円しか残らない計算に愕然とする。

自宅で稼ぐことはできないかと模索。独学でネットショップを開業。

この頃も毎日のようにケンカが続き、慣れない2児の子育てと夫婦関係のストレスによって体調不良になる

夫から義母に伝えられ、妻が夫と喧嘩なんてみっともないと電話でお叱りを受ける

(この頃は夫が実は義母にべったりだったなんて知らなかった)

私の人生このままなのかな。この子たちが大きくなったら同じように夫の考えなしの行動に傷つくのかな、と漠然とした不安が収まらない日々。

当時3歳の子どもは「パパ怖いから、いや」と言っていた。
この怖い、は恐怖ではなく子どもが話しかけても無反応(夫曰く返事を考えていた)子供と留守番をしたらお昼ご飯食べていない(夫曰く忘れていた)遊んでというと無視してスマホゲーム(夫曰く聞こえなかった)などの体験をつたない言葉で伝えた結果“こわい”しか出てこなかったのだと思う。

自分のことしか考えていない夫の行動でケンカが絶えず、子どものことを考えてとお願いするも、泣きながら反省していると毎回伝えられるためそれ以上強く言えない日々が続く

改善は見られず1週間ごとに大きな喧嘩がおこる

このままだと自分が壊れる。誰も助けてくれないと危機感を感じ逃げるようにネットショップ運営に必死に取り組む。

初年度7か月で80万円の売り上げを達成。

具体的な収益は話していなかったが夫が開業のことを義母に伝えたらしく、義母に「女はそんなことしなくていいから黙って夫についていきなさい」と言われる。

しかし現実問題夫の月19万円の給与と保育料を差し引いた私の2万円の収入だけでの生活は厳しく、副業は必須の家庭環境。

義母にネットで稼いでいるなんて、そんな怪しい詐欺みたいなことしないで。恥ずかしい、とさんざん言われる。

プライドの高い夫は、私が収益を出していると激高する恐れがあったので月に5万くらいの収入と伝えていた。

楽しく過ごそうと思ってもうまくいかない、家族で出かけてもすぐに自分勝手に行動する夫や、不機嫌になる夫のご機嫌取りで1日が終わる

夫婦関係を改善したいと家族旅行に行ってみたが二人の子どもと大荷物を抱える私を置いてすたすた前を歩く夫に切ない気持ちになる。

こちらから具体的に伝えると一応は伝ってくれるため、本気で悪気のない様子に心底疲れていた。理解してもらえないのはこんなにもつらいなんて知らなかった。

この頃から頭痛、めまいが改善せず、さらに円形脱毛症になる。順調だった生理も来なくなり、わけもなく涙が出る状態になる。

もう無理なんだ、限界なんだと自分で思ったため夫にこのことを伝えた

返ってきた言葉は「待って、母さんに相談する」

本気で絶望、「もう無理」の気持ちしかなくなる

下の子が2歳の時に離婚

もう自分が働くしかない、この子たちには私しかいないと自分を奮い立たせる毎日。

離婚後ストレスはなくなり円形脱毛症も少しずつ回復し、その他の体調不良も良くなる。

改めて、ストレスが身体に与える影響の恐ろしさを感じる。

ネットショップにがむしゃらに取り組み右肩上がりの売り上げを継続。

5年連続1000万円の年商を達成。

現在は子どもと3人でストレスのない生活を送る

自分で開業して、自分の人生も人生観もすごく変わった

私にとっては激動の時間を過ごしてきました。

 

もともとビジネスなんて知らなかった

夫婦関係がうまくいかなくて毎日悩んで涙を流していたころの自分が、今子供と3人で毎日笑いながら楽しく過ごしている生活を知ったら多分信じられないと思います。

私はもともと介護職をしていて、ビジネスのことなんて何も知らない人間でした。

だからこそ、勢いで飛び込めたのかもしれないけれど、あの時行動して本当に良かったと思います。

私がこの発信をしているのは、今何かに悩んでいる人に自分でお金を稼ぐことによって広がる世界があると知ってほしいから。だから今までの経験も誰かの知識になって役に立つのならどんどん公開していきます。

 

結婚生活には我慢がつきもの

結婚生活には我慢がつきもの。このフレーズ聞いたことないですか?私は幼いころから祖母が母に言っているのを聞いていました。

当時は子どもだったので内容などは全く知らないのですが、きっと母も悩んでいた時期があったのでしょう。

そんな母に自分の結婚生活、夫婦関係がうまくいってないと伝えるも「結婚生活には我慢がつきものよ」とかわされる日々が続きました。

信頼していた先輩に相談しても「うちも喧嘩良くするよ!我慢の連続だよね」と共感こそもらえましたが、実際には私の家庭のうまくいっていない度合いとその先輩の家庭の喧嘩では少し違うように感じました。

喧嘩するほど仲がいい という言葉がありますが、あてはまる場合とそうでない場合がありますよね。

結婚している友人に相談しても「喧嘩めっちゃする!でも仲直りのお土産買ってきてくれる」と楽しそうに話す彼女は幸せそうに感じました。

結婚生活の我慢は、誰が、誰のために、なんでしないといけないのだろう。

そんなことばかりを考える日々でした。

 

夫と分かり合えないことへの絶望

夫は、例えば大皿にから揚げを盛り付けると3歳の子が1つ食べるうちにひとりですべてを食べ終えてしまうような人でした。

周りのことが一切目に入らない。我が子であっても気遣えない。

当然子供は泣きます。大皿なんだから、私はいいとしても子どもの分取り分けようかな、とか気が付かない?と聞くと「ごめん、まだ1個しか食べてないなんて知らなかった」と微妙に的を得ない返答。

 

2人目妊娠でつわりで苦しむ私を、思い出になるかと思って、と写真に収めていました。

 

子どもが怪我をした原因を聞いても「知らない。勝手にケガしてた」というだけ。

のちに「〇〇(私)から怒られて自分の信用が落ちるのが嫌だった」と泣きながら謝られました。

この頃から「これは父親と言えるのかな」と情けなさと何とも言えない感情が私の中に巻き起こります。

1度ゴミ出しをすれば、職場でも自分の実家でも『毎日家事をしている、子供のためだから家事をするのは当然』と触れ回り、褒められようとします。

 

分かり合えない生活が4年ほど続くとさすがにメンタルは限界、頭痛が収まらず、めまいがして、過呼吸になり、病院受診。そこで円形脱毛症が見つかり、気づけば順調にきていた生理もいつから止まっているのか分からないほど。

自律神経の乱れと診断され、夫との関係が良くならないことによるストレスから薬を飲む日々でした。

そんな私に夫がかけた言葉は「そんなに思い悩むなんて損な性格だね」というものでした。

こんな夫婦関係、我慢し続けることにメリットはあるのかな。子供のためというけれど、子供のために我慢して病気になった母を見て子どもは「お母さん私たちのために我慢してくれてありがとう」という気持ちになるかな…そんな思いばかりが巡ります。

 

ある日突然、我慢の限界

そんな生活を送りながらも、子どもが寝静まった後にネットショップに取り組むことが私の精神的な支えになっていました。

何かに没頭する時間は嫌なことも忘れられる。

ショップの経営も2年目になり少し慣れてきた頃「俺より稼ぐのやめて」って母さんが言ってた。

夫のこの言葉に私は言葉を失いました。

もうこの人とは無理だ。

離婚を決意した日です。

私は育児休暇中に副業に出会えてラッキーだった

私の人生のターニングポイントは間違いなく結婚出産離婚ですが、2人目の育休中に副業でネットショップという選択肢を選んでラッキーだったなと思います。

なぜネットショップを選んだのかなど、詳しい話はメールストーリーで配信していますが、

何も知識のない状態のスタートでも、収益を上げる仕組みが作れることがネットショップの強みです。

会社を退職したいと言っていた友人に少しネットショップのノウハウを教えたら、副業で始めたネットショップが本業の収入を超えていつでも辞められると思ったら、仕事続けてもいいかなと思うようになった、と話してくれました。

こんな話をすると「そうやって成功する人はセンスがあるから」と言われるのですが、決してそうではありません。

 

事実私は数年前まで普通の会社員として働き、仕事と家庭の往復、子どもが生まれて育児に追われる普通の主婦でした。

自分でビジネスを始めて成功しそうな要素は皆無です。

 

今まで消費者側で過ごしてきた生活を、売る側になることによって今までとは全く違う世界が見えてきます。

この商品の原価はこのくらいだったんだ、この商品は意外と利益率が少ないんだな、だからセールにかからないのか、など裏側が見えてきて面白いです。

 

 

 

 

-自己紹介

執筆者:

プロフィール


ももこ

 

小学生と幼稚園児の姉妹を育てるシングルマザー。

完全在宅で5年連続年商1000万円。

安定した収益と右肩上がりの年商で子どもと毎日楽しく生活中。

もともと女は家庭でおとなしく、夫の後ろを3歩下がってという人と結婚していました。子どもが2人に増え生活が苦しくなり、育児休暇中に夫に黙ってはじめたビジネスで初めて1万円の利益が出て価値観が崩壊。

その後も結婚生活の継続を試みるも、モラハラによるストレスで病気になり離婚。

 

この子たちに不自由はさせたくない、成長を一番近くで見守りたい、寂しい思いはさせたくないという思いで手探りでネットショップビジネスを開始

スキルもセンスも人脈もなかった私が子ども二人を連れて離婚して本気で取り組み、独学で年商1000万円を突破。

同じようにシングルマザーになった友人に自分のノウハウを教えたら、みるみるうちに年商500万円を突破。
その後も収益を伸ばし続け、シングルマザーでも子どもに我慢させない生活を手に入れることに成功。

同じように悩んでいる女性にこんな選択肢もあるんだと知ってほしい。そんな思いでこのブログを立ち上げました。

 

毎年安定した収益を出し続けるネットショップ運営の裏話、モラハラに耐えてまで結婚生活を続けるべきだと感じていた私の価値観が徐々に変化していった話など詳しくはこちら